走る。信吉は棚の上で日に一度はきっとこの紙を出しかけた。所在なかったり、寂しくなったりすると読む。
 手紙だ。甥の卯太郎がよこした手紙だ。
「信《しん》あんちゃ。おかわりありませんか。うちではみんな丈夫ですから安心して下さい。けんど、村は不景気だヨ。山上ん田でも、佐田んげ[#「んげ」に傍点]でも小作争ギおこった。源さや忠さや、碌さは警察さあげられて、まだ帰ってきねえ。村で新聞とっているのは田村さんげと(これは東吉の村で村長をやってる男だ)忠さげだけんなったど、忠さんは警察さあげられたから、新聞ことわるようにすっぺと婆さまが云っていた。碌さの家へ電気会社の人が来て線を切って行ったから夜はローソクをつけています。
 新井の伯母が裏の川さはまって死んだよ。ゴム工場があんまり熱くて目がくさって、うっかと川さ落ちて死んだそうです。東京新聞さそのことが出ていたそうです。おっちゃんが今朝土間で新井の伯母が川さはまって死んだそうだ。せえってたら玉子集めの六婆さがへって来て、んでも東京新聞さ出たちゅうでねえけ。東京新聞さ書かれたら伯母も成仏すっぺと云ったら、おっちゃんがおっかない顔してコケ! かえられる
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