《つよ》そうな灰色の髪の小鬢《こびん》へどういうわけか一束若白髪を生やしたの。三人ともまるで仕事みたいに気を入れてやってる。海老茶色ルバーシカの男は、真面目くさった顔つきで、ときどき横っ腹を着ているものごと痒《か》きながら、札をひろったり、捨てたりしている。
信吉は、丸まっちい鼻へ薄すり膏汗《あぶらあせ》をにじませたまま、暫く勝負を見ていたが、
「あーァ」
起きあがって、伸びをした。
「そろそろ飯《めし》か……」
この三人は、きまって飯時分になるとカルタをやる。そして、互に負けを出し合い、停車場へ着くと物を買いこんで来て飯《めし》にするんだ。
ところでここは、モスクワ行三等列車の棚の中だ。どっちを向いて何と云ったところが、信吉の独言をわかってくれるような者はありっこない。
信吉はズボンのポケットから蟇口を出した。蟇口は打紐でバンドにくくりつけてある。下唇を突き出し、鼻の穴をふくらがして銭を算《かぞ》えた。モスクワまで、まだあと五日か、チェッ!
一枚の紙を、信吉は胡坐《あぐら》をかいている膝の上へのばした。果しないシベリアを夜昼鋼鉄の長い列車は西へ! 西へ! 砂塵を巻いて突っ
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