ヵ月も有給休暇があって、労働者が休みに行く家まで政府からわり当てられているんだとよ」
 また別なとき、松太がこんなことを云った。
「こんな山ん中じゃわかんねえが、なんでもモスクワは今大した景気でおっつけアメリカ追いこすぐれえだとよ。どこもかしこも人増しで、引っぱり凧だとよ。日本の不景気た大ちげえだ!」
 信吉は、だんだん自分が来ている土地について考えるようになった。
 山から上って、バラックでみんな寝ころがってボヤボヤしているようなとき、信吉は急に、こうしちゃいられね! という気になって坐り直した。とってもおかしいじゃねえか。ここは世界のどこにもまだ無い労働者の国なんだ。ソヴェトだ。××林業の日本人足のバラックだけが、わざと痺《しび》らされて何にも知らずボーとしてるが、つい山の外じゃ、もっと、もっと何か素晴らしいことがあるに違えねんだ! そうじゃねえか? ここの地べたに生えてる木を伐ってるだけで、八時間労働に有給休日という、内地じゃめぐり会えねえ思いをしているんだ。
 信吉は、目立たないようにハゲ小林からルーブリをひき出した。
 春になった。アムグーン川が流れだした。日本人夫は、トビ口
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