「ふーん――ハゲの奴、ちょいちょい三号バラックなんぞさ行くのか?」
「見張ってやがんのよ」
「なして! バカバカしい。一つとこで働いてるロシア人にも近よっちゃいけねのか?」
「だって、お前」
 松太は、ゆっくりした口調で云った。
「日本人夫がみんなソヴェト労働者のやり振りを知った日にゃ、このまんまじゃ〔五字伏字〕」
 橇へつけて出す材木へ二人して符牒を入れているところだ。
「会社は日本人夫をあっちさ近づけめえ、近づけめえとしているんだ」
「…………」
「ロシア人夫あ、お前、俺等みてえにてんでんバラバラに狩りあつめられて来たんじゃねえ。自分の組合もってて、政府の職業紹介所から団体契約で来てるんだ。そんだから、××林業にとっちゃ日本人夫なんぞ一人や二人どうしようとこわくねえ。奴等の都合で難癖つけて今日んでもボイこくれるが、ロシア人夫にそりゃ出来ねえんだ」
「なしてだい」
「組合の規則でよ!」
 太い声を松太が出した。
「ソヴェトじゃ、組合の規則で労働者がてんでの権利ってものをちゃんときめているんだ。賃銀のたかも、解雇するにも組合の規則でやらなくちゃなんねえ。工場なんかじゃ、お前、一年に一
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