の山羊皮外套を、片手にひっ掴んだ防寒帽でもってバサッ、バサッとしばく。
 信吉は、丸まっちい鼻をおかしそうにひくつかせて、のり出した。こいつ! 見覚があるぞ。山で馬を追うときまるだしの恰好で喋ってやがる――。
 だが、みんな何をいきまいて演説してるんだろう?
 袖を通さず羽織った外套の襟を押えてちょっと前へ出ようとしたときだ。誰かが後から肩を押えた。ロシア人だろうと思って振向くと、ハゲ小林だ。
「来い」
 信吉には訳がわからない。
「出ろ。聞えねえのか」
 体をよじってロシア人の間をバラックの外へ出ると、
「何していた」
 歩きながら、ハゲ小林が低いドス声で訊問した。
「何って……見てただけだ」
「うろつくんじゃねえ。変な真似して見ろ、敦賀へ上るなり引っくくらせるぞ!」
 ハゲ小林が事務所の方へ行ってしまうと、信吉はチェッ! 雪の上へ唾をした。演説を見物したからって一々引っくくられて堪るけ!
 翌日、昼休みの後で、松太が、
「昨夜《よんべ》、どした」
 信吉の働いてるわきへよって来た。
「……いたのか? お前も」
「…………」
「何の演説だったんだろ」
「レーニンの死んだ日よ、昨日は」
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