い小さい白雲が浮いてる。楡の枝が、横に張った古い板塀越しにサヤサヤ揺れてる。大きい楡の葉はもう黄色くなりかけている。
 日本だったら、カナカナの盛に鳴く刻限、蝉もいないモスクワの中庭で、信吉はテーブルによっかかって、ペーチャの手許を眺めている。
 ペーチャの親父は荷馬車ひきだ。おふくろはチブスで死んでいない。ピオニェールだ。ペーチャは赤い大判の紙をテーブル一杯にひろげ、そこへ鉛筆で作図しちゃ、鋏で切りぬきをやっている。
「……どうだったい? 魚とれたかね?」
 信吉がきいた。
「余りいやしなかったんだよ、その河には。……でも一遍魚スープをこさえたよ」
 モスクワ各区がそれぞれピオニェールの夏の野営地をもっている。ペーチャはソコーリスキー区の野営に一月行って、つい二三日前帰って来たばっかりだ。
「何匹とった」
「二匹」
「どんな奴?」
「……この位だ」
 すっかり日にやけた雀斑《そばかす》のある手で、テーブルにころがってる鉛筆を示した。
「それを何人で喰ったのさ」
「十人ぐらいいたヨ」
 信吉は思わずふき出した。
「どうしサ、みんなたっぷり汁をのんだよ!」
 顔もあげず、ペーチャは赤い紙
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