わきの疣政《えぼまさ》に訊いた。
「二十七度だと休みなんかね?」
「零下、二十五度より寒けりゃ働かしてなんねえっていう規則がソヴェト政府から出てるんだ」
 みんながゆっくり飯場にかまえこんでいるところへ、ハゲ小林が入って来た。
「出ねえのか?」
 すると、さっきの若いのが威勢のいい声で、
「今日は二十七度だ」
と云った。ハゲ小林は、それなりストーブの前へ行って暫くあたってたが黙ってまた出て行った。
 信吉は、何だか愉快でたまらなかった。今日はゾックリ自分たちの身丈が伸びて、ハゲ小林も事務所の奴等も目の下に見るようだ。寒暖計が下ってるうちは奴等あ、何としたって働かすことは出来ねえ。日給つきの休みだ!
 日が出きれないうちに吹雪《ふぶ》きになった。
 昼すぎ、バラックから小便しに出た信吉は、ロシア人バラックに人がたかってるのを見つけた。
 喧嘩がはじまったか?
 休み気分でブラリと行って見たら、バラックの内では茶番みたいなことをやってる。
 ルバーシカを着て鳥打帽かぶった若い男が本を抱えて歩いて行く。すると、こっちから、空罐のデカイのを頭へのっけて、外套へあっちこっちに手を通した髯の長い奴
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