の消費組合監督突撃隊が出来たのを話したのは彼です……」
アーニャは、そこで信吉の方へいかにも晴れ晴れした奇麗な笑顔を振りむけながら、諧謔的に、
「尤もシンキーチ自身、自分の言葉のネウチは知らないかもしれないんです。そうなら、どう? タワーリシチ、それを知らしてやるのはわるくないでしょう?」
異議なアし!
ウラアー……
信吉は、うれしさとバツ悪さで思わず赧くなりながら、頭を掻いた。
その様子をおかしがって、手を叩く。笑う。信吉は、シャツのボタンをかけずに拡げた若々しい胸板のところまで上気《のぼ》せた。
六
モスクワは夏の終りが早く来る。
その夏は、モスクワばかりでなく、イワノヴォ・ヴォズネセンスクにもロストフの工場にも消費組合監督の突撃隊が出来た。どれも、なかなか活動した。「コムソモーリスカヤ・プラウダ」や「労働者新聞」に、あっちこっちで自発的に組織されるそういう突撃隊員の集団写真がよくのった。
「鋤」の突撃隊がはじめてトラックにのっかって、ヤロスラフスキー停車場の引込線の上で腐りかけてるトマトを一貨車、区の消費組合へ運んで来たときの写真も「鋤」労働通信員の記事といっしょに「労働者新聞」に出た。
信吉の室の壁に、それが截りぬいてピンでとめてある。勿論、各職場の壁新聞に、それを貼りつけられた。
そのほか、種々な産業の工場から各地方の集団農場へ、取りいれ手伝いの突撃隊が毎日のように出発する。
工場見学団の男女が、樺の木胴籠にスポーツシャツといういでたちで汽車につまれて出て行った。ソヴェト同盟の社会主義建設の中、バクーの大油田へ! ウラルの新鉱区へ! スターリングラードのトラクター工場へと。
地方からモスクワ見物にもウンとやって来た。
広いアスファルト道路にするんで、西瓜車のガタガタ通るモスクワの古い石敷路は、精力的に横丁までも掘じくりかえされている。
北緯五十五度の炎天へアスファルトの黒煙がムンムンのぼる。
普請場の大板囲いに沿って、一段高い板張歩道が出来ている。赤旗は高く家々の燦く屋根の上にある。
大勢の人間が、有給休暇でモスクワから去っても、あらゆる場所にそれよりもっと大勢の人々が熱心に書き、働き、演説をし、モスクワは一刻もゆるまず前進している。――
信吉は「鋤」の突撃隊に入ってから、また知らなかったモスクワを発見した。
モスクワにあるのは、部分的な景気なんぞじゃない。いつかどかんと下るかも知れない景気なんてものじゃない。ハッキリ方針があって、そこへ極めて計画的にジリ・ジリと社会全体がのし[#「のし」に傍点]あがって行ってるんだ。
トラックへのったり、てくったりして、「鋤」の突撃隊はいろんな工場や、生産組合事務所や区ソヴェトへ接触した。
信吉は、吸いよせられるような注意で、大きな机に向って書類をひっくりかえす元労働者の工場長を観察した。
運輸課の連中の種々雑多な声といろんな紙片とを見た。
廻送されなかった送り状とか、二日前に打たれてた筈の電報がまだアルミニュームの籠の底にへばりついていたり、いろんな事務の渋滞がある。討論がおっぱじまる。
突撃隊の腰のつよさに、信吉はびっくりした。根気のいい押問答や、説服の末、最後に勝利を得るんだが、事情がこん[#「こん」に傍点]がらかったとき、突撃隊の連中に勝味を与えるのは、いつも例の、柔軟な、どんなに曲げても、ヒッぱたいても千切れっこない共通の力と、見通しだ。
ヤーシャが、自分より倍も年長な、堂々楔髯をつけ女秘書をつれた生産組合部長に悠々、うわて[#「うわて」に傍点]にさえ出る。その自信をヤーシャに与えるのは、何か?
工場から帰って来ると、信吉は自分の室の寝台に仰向にころがって、よくその日の出来事、些細な言葉とか心にのこってる印象などを考える癖がついた。
後で、ひとりでに思い出せるような際だった事柄をたどって見ると、キット、どんづまりは、光みたいに力づよく漲って、みんなを引っぱっているものにぶつかる。
これこそ、〔四字伏字〕プロレタリアートの階級の力だ。が、その力もいわれなしには来ない。力となる科学的な理論があるからだ。ストライキ。〔二字伏字〕。〔三字伏字〕。現在の目醒ましい社会主義建設と水火をくぐって、〔十一字伏字〕のものと極めのついた指導理論を、みんなが腹にいれてるからこそ、ジリリ、ジリリとブルジュアどもを地球の上から押しのけ出したんだ。
この頃んなって、信吉は、〔八字伏字〕というものについて、自分がどんなウソ八百をきかされ、嚇《おど》かされていたか、つくづく知った。
ブルジュアは、〔五字伏字〕がホントに〔九字伏字〕するもんだと知ってるからこそ、その運動を搾め殺そうとするんだ。
太陽は八月の太陽だが、空に秋らし
前へ
次へ
全29ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング