はとっくに経ってる。
が、第三交代の連中がユサリともしないばかりか、今は第二交代のものたちも所持品置場の窓の外にまでたかって聞いている。
分ったり、分らないだりするいろんな言葉。拍手。鋭い口笛の混った笑声。あっち、こっちへ揉まれながら、信吉はだんだん隠しきれないおどろきを汗かいた顔に表わした。
次から次へドシドシ不平は不平としてブチまけさせながら、而も気がついて見るといつの間にやらその不平さえそっくりそのまま、大衆がよろこんで消費組合監督突撃隊を支持するような方向に、向けられて行ってるんだ。
特別ヤーシャ一人が凄腕なわけでもない。オーリャだけがうけたからというわけでもないらしい。赧っ毛のボリスが一こと云う。次の機会に眇目《すがめ》になりかけのノーソフが少し喋る。ポツリ、ポツリ、職長、党員のペトロフが目立たない言葉を挾んだ。――みんなが上手く喋るどころか! ノーソフの奴、勢こんで、
「タワーリシチ!」
と、とび出したはいいが、いきなり次の言葉につっかえて、
「どうした蓄音器! こわれたか!」
彌次られて真赤になったぐらいのもんだ。
それでも、みんなの切れ切れな言葉には、底に決して千切れない、強靱な、明瞭なものが流れていて、黒い力が溢れそうになるとひとりでそこへ行って堤になる。ズリ落ちそうになると、引き上げる。
口で云えない伸縮自在な、共通な力をもっている。その力を感じると、例えば信吉自身だ。人前に出せるロシア語じゃないのだが、それをも忘れ、何か云いたい、何とか云いたいものがグイグイ腹ん中から湧き上って来るみたいな頼もしい心持になるのだ。
(こないだ、鍛冶部の連中が、不平を鳴らさず半コップの牛乳を飲み干した時の様子からも、信吉は無言の、この力を感じた。)
次から次へと、そういう心持が呼び醒まされ、現にどうだ。
最後のしめくくりにヤーシャが、一言一言、ききて全体の心へ打ちこむように、消費組合監督突撃隊組織とその〔三字伏字〕任務について話してる今、所持品置場の内外に溢れたいろんな髪色の頭は、てんでに別なことでも考えてるか?
いや、いや。
信吉は自分をもこめて、みんなが見えない力に引きまとめられ故障なくコムソモーレツ、ヤーシャの提議を理解しているのを感じた。
「だから、タワーリシチ! 実によく分ったと思うんだ。現在ソヴェト同盟にある食糧困難が、五ヵ年計画さえやっちまえばひとりでに消えるもんだろうぐらいに考えて放っておくのは、まるで非階級的な日和見主義だということが、よく分ったと思うんだ。
一旦、ソヴェト権力確立のために必要となれば、われわれは悦んで餓えにだって耐えて見せる! 国内戦の時代、それをやって来たんだ。
だが、われわれ、〔三字伏字〕プロレタリアートから一片のパンだって、階級の敵[#「敵」に「×」の傍記]が奪おうとして見ろ。許さねえ! 闘わなくちゃならん! ただパンのためじゃねえ。――階級のために、ボリシェビキは闘おうと云うんだ!」
ウラーアアアア……
ウラーアアアア
煙草の煙と西日とに梳かれた暑い空気がみんなの頭の上で一斉に耀《かがや》き、震えた。
「さア、タワーリシチ! ところで誰が突撃隊になるか? 手上げて見てくれ!」
軈《やが》てみんな一緒に笑い出しながら、信吉も自分の手を下した。
そのときまで、手なんぞ上げそうにもなかったアクリーナまで、力んだ顔して窓枠の上から右手を突出してやがる! ハッハッハ!
「そうみんないっときんなっちゃ、職場が困らァ」
みんなは、夙《とう》から考えてた計画が計らず実現したというような気の入れかたで、相談はじめた。
「鋤」工場の、消費組合監督突撃隊へは、全職場総動員。――異議なし!
各部一交代から大体十人ぐらいずつ一組に分け、一ヵ月で交代すること。
当面の任務は、区の消費組合委員と協力して消費組合の内部、運輸状態、生産組合と線を辿って、生産品配給を研究、統制すること。及、突撃隊の一部は他の工場へ出かけ、そこの自発性を刺戟し、そこで消費組合監督突撃隊を組織させ、連絡をもって益々大衆的に活動すること。
消費組合加入勧誘。
壁新聞、工場新聞を、積極的にこの問題に利用すること。
旋盤第三交代からはヤーシャ、ボリス、グーロフ、アーニャ、その他が指名され、グルズスキーの名が出たとき、信吉は、なるほどナと思った。陰でブツクサ云ってるようなものは、表へ出して、働かして見ればいいんだ。知らなかったことも知るようになるんだ。ボリシェビキ教育だ。
が、アーニャが、
「私は特別に、シンキーチを、第一の組へ入れたいと思います」
とみんなの前で云ったには、面くらって、
「俺あ……」
タジタジとした。
「シンキーチは、われわれの自発性に貢献したんです。『赤いローザ』に女代議員
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