裾をひきずって、長い髪をたらした坊主が、小学校、中学校の教室を初めとして、家庭の内へまでやって来た。そして、十字架を握った冷っこい手を子供の唇へ押しつけて、こわい声でいった。
――お前、この世で一番偉い方は誰だか知っているか。
――神さまです。
――その次には?
子供は坊主の赤い鼻を見上げて機械的に答える。
――ツァー(皇帝)です。
――よし。お前は先ず神のおっしゃることを、即ちツァーのおっしゃることに、絶対に服従しなければならぬ。よいか?
――ええ。
坊主は、子供の頭に十字を切ってやって、いう。「神|爾《なんじ》とともに在れ!」
ブルジョアは自分達の劇場をもっていた。自分達の絵画館をもっていた。働く人間、彼らのいわゆる「黒い町」の住人どもに与えられているのは、ブルジョア国家がその税で富むところの火酒《ウォトカ》と教会と無智であった。(労働者農民の子は大学に入れなかった。兵役につけば終身兵士以上にはなれなかった)。そしてもちろん、ブルジョアが美しい馬にひかせた橇で雪をけたててやって来る劇場へは、入るどころではなかった。(侯爵であったクロポトキンでさえ、学生の制服姿のと
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