いか」と笑いこけた、その唇から特異な言葉をぽつぽつと語る新進芸術家として描かれている。
 閉じこめられたまま清純のまま続いていたジイドの青春は、二十四歳の時、突然その清教徒的規律を破った。彼は在来の周囲に激しい厭悪を感じて友人のロオランとチュニスに旅立った。この船出は、地理上の旅行であるばかりでなく、フランス中産階級の生活の中でも特別な生い立ちをもったジイドにとっては全く幼年時代からの訣別であった。アフリカという未知の地方への出発は、ジイドにとってはとりも直さず未知な生活、未知な自己の個性、未だ跋渉されていない自身の欲望の発見と征服の旅立ちであり、彼はこのとき、初めて、幼年以来身のまわりについていた聖書から自分を引離したのであった。
 彼に「地の糧」を書かしめたアルジェリイにおける生産力の横溢と転身の自覚。彼に「パリュウド」をかかしめた、パリ帰来後の孤愁と象徴派との別離。結婚生活の重荷が反映している「背徳者」、それから六年間も間をとんで執筆された「狭き門」、三十歳のジイドの苦悩は、日夜自分の極めて知識人風な内的生活の探求の裡に棲んで、「汝は何ものかに役立たんと欲している」。だが、自分が
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