したのであった。
 然しながら、社会の機構が生み出している複雑な利害の分裂、悪徳、悲惨、戦争の惨禍などを、農民の素朴な信仰心で根絶しうるものでもないし、又そのような現実生活を、あるとおりの社会の中で実現し得るものでもない。トルストイが、彼の全精力の卓抜さ、逞しさを傾けて最後に到達した痛ましい無抵抗主義の教義の中には、実に、社会的崩壊の作用に対して何の科学的な客観的な洞察をすることの出来なかった彼の階級の良心と、「数百万の農民の抗議及び彼等の絶望」が反映しているのである。
 恋愛に対し、婦人に対して、トルストイの抱いていた宗教的・道徳的見解を今日から見れば或る意味で主観的であり独断的である罪業感であったと云える。貴族の夫人、娘としての周囲の日暮しにも批判をもち、子供を生み、それを辛苦して育てることばかりが、性の放逸と女の下らなさを浄化するという風に考えていたのであった。社会的な規模で婦人の生活は考えられず、ジョルジ・サンドをも嫌悪した。この婦人に対する一見知的で実は感覚的なものの上に立つ思想はトルストイの全芸術を貫く一つの著しい基調となっている。
 トルストイアンと称する連中(ゴーリキイ
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