レーエウナと云って、宮廷医ベルスの娘であったのだから。
 レフ・トルストイが、ヤスナヤ・ポリャーナの村荘にロシア名門の伯爵の長男として生れたのは一八二八年のことであった。トルストイも八歳で孤児になった。非常に人物の傑《すぐ》れた叔母に育てられ、その没後数年は当時のロシアの富裕で大胆で複雑な内的・社会的要素の混乱の中におかれている青年貴族、士官につきものの公然の放縦生活を送った。
 三十四歳になったとき、既に「幼年時代」「地主の朝」「コサック」「少年時代」「セバストーポリ」「三つの死」「結婚の幸福」の作者であったトルストイは、三年の間心に思いつづけて求婚する決心のつかなかったソフィヤと遂に結婚した。ソフィヤはその時十八歳であった。二年前、兄の死にあったこととヨーロッパ見学旅行をした結果、きびしく従来自分がやって来た貴族生活に批判を抱きはじめていたレフ・トルストイは、自身をソフィヤの若々しい純潔にふさわしからぬ者として、なかなか結婚の決心がつきかねた。「アンナ・カレーニナ」の中にあるレウィンとキティーとの插話は、当時のトルストイの感情を語るものと見られている。
 一八六三年一月の日記に、結
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