にしろ、波瀾にめげず、社会と自分との裡にあるより人間的な可能性を見きわめ、その実現のためにこの世を凌いでゆける沈着、快活な勇気と精励とを愛する者の心に湧き起す泉の様なものでなければならないのではあるまいか。妻なり母なりとしての自分がいるからこそやってゆけるという事情は一応女の心を満足させ自信をも与えるかもしれない。だが真に聰明でありまめ[#「まめ」に傍点]である愛は、そこではまだ安心しないと思う。
 もしジャンの不幸を、ただ孤児となったからというだけの原因で見るとしたら、それは浅い観察であると思う。ジャンに、お前は不幸になんかならないでやってゆけるのだぞ、と励まし、その方向を示してやる者がいなかったことの方が寧ろ本質の不運である。
 自分を常に不幸な子供という役のまわりあわせにおいてばかり見るジャン自身の気持からも、どうして不幸が招きよせられないと云い得よう。手記の中でジャンは、人々がもう一度自分を信用してくれたら、この人生をやり直したいと云っている。そのためには、先ずジャン自身が自分の人間としての努力と謙遜で不退転な善意とに満腔の信頼をおかなければならないのである。[#地付き]〔一九三七年十二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十一巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年1月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第八巻」河出書房
   1952(昭和27)年10月発行
初出:「婦人公論」
   1937(昭和12)年12月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年2月17日作成
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