た。彼は、酒を飲んでラネフスカヤの客間へやってきた。今は有名な桜の園の主となったロパーヒンの満悦、親父は農奴であったが、自分は地主になることになったロパーヒンの亢奮。ラネフスカヤは、泣く。桜の園――若かった生活のすべての思い出――母、川で溺れた自分の子供……すべては桜の園とともに自分から去った。ロパーヒンは、泣いているラネフスカヤの腕にさわる。彼はラネフスカヤの泣くのを平気で見ていられない。といって、今になってどうなる? 彼は、もう云うべきことは云った。而してこうなったのではないか。
 ――音楽を! ロパーヒンのために音楽を!
 ――トラッタ! トラッタ!
 ――可愛い母様、新しい生活を始めましょう、ね、新しい生活――
 余儀ない事情によったロパーヒンとラネフスカヤとの関係、行動、その行動を縫い、貫くロシアの魂の感銘。生活《ジズニ》……生活《ジズニ》……。
 幕合いに時間がかかって、最後の幕は大分|晩《おそ》く下りた。たちまち平土間はがら空きになった。一番遅い見物人の一列が、その間をゆるゆると出口に向って動いている。アムフィテアトルのところは暗い。そこに、ぽつりぽつり、若くない女が残っ
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