そう富[#「富」に「ママ」の注記]かでないお婆さんの家へ行った。椽側に赤い緒の足駄と蛇の目が立てかけてあるのを見つけた。
 それでも何の気なしに中に入るとうす暗い中に婆さんと向いあって思い掛けず娘が丸っこい指先で何かして居た。
 仙二は二足ばかり後じさりした。
  帰ろう!
 稲妻の様にそう思うと、お婆さんは眼鏡をふきながら、
 仙ちゃんかえ、お入りよ
 孫をよびかける様に云った。
 仙二は赤い顔をしながら部屋の隅にすわった。
 娘は絶えず丸《ま》あるい声でいろいろの事をとりとめもなく話しながら人形の着物を縫って居た。
 まっ赤な地へ白で大きな模様の出て居る縮緬の布は細い絹針の光る毎に一針一針と縫い合わせられて行くのを、飼い猫のあごの下を無意識にこすりながら仙二は見て居た。
 自分の居るのをまるで知らない様に落ついた眼つきで話したい事を話して居る娘の様子を見て居ると重い重いしめられる様なわけのわからない悲しさが仙二の胸に湧き出して来た。
 次の話の間がとぎれた時低い声ではばかる様に、
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 私しゃあ、町へ行かなけりゃあならない用が有るもの、ねえお婆さん又来るよ。

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