つのみみをたらして結んであった。
いつもの通り名も分らない髪に結って白い籐のかごの中にしたたりそうな葡萄の房の大きいのをいっぱい入れて腕にひっかけて居た。
女中と笑うたんびにかなりそろった前歯がひかった。
仙二は娘の姿がかなり遠くなり高い声がごく極くなめらかに聞える様になってから立ちあがって、見えもしない雪踏のあとをたどる様にして家にかえった。
大切なものの番をして居る様に仙二はそれっきり他所に出なかった。
そうしたまんま仙二の目先に、はかないまぼろしの見えるまんまに日が立って行った。
絶えずチラツク若い心には魅力のあるまぼろしに、一日のうちに泣いたり眼には涙をためながらも微笑まされたりしなければならなかった。
辛い嬉しさは仙二の感情の全部であった。
一月ほど日が立つ間には、川で雑魚をすくって居る娘も見たし野原の木の下で小さくて美くしい本によみふけって居るのも見たけれ共、娘が一人で居れば居るほどその傍を通る時は知らず知らずの間に早足にいそいで居るのだった。
雨のしとしとと降って山々がポーッとして居た日に仙二は何心なく小さいうちから行きなれたたった一人ぼっちで住んで居る
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