された。従業員の賃金を2・1/2パーセント切下げているうちに、鉄道事務員組合書記エー・ジー・ワークデン氏のところでは年俸二百五十ポンドが年俸千ポンドに上昇しつつある。
 ――大通からコムマアシャル街へ入ると人通りもへった。穿鑿機の音響は遠く息苦しい空気のかなたにある。しばらく行く。右側に古風な軒燈が一つ。軒燈には黒字で「トインビー・ホール」。トインビー・ホールはオックスフォードおよびケムブリッジ大学卒業生によって経営される知らぬ者のない英国セットルメント事業の本山である。暗い円天井の壁門の内側に一枚の貧児夏期学校へ寄附募集のビラがはられている。ビラは古い。破れている門を抜けると内庭がある。つたの青々からんだ塀と建物が静かに内庭を囲んでいた。「貧民法律相談所」矢のしるしが建物の裏を示している。
 内庭にも受付にも人がいない。受付の横から狭い廊下があっちへ通っていて、箒を持った働き女の姿が見えた。日本女はその働き女を呼び止めた。長方形白封筒を渡した。暫くすると別なやや知的表情のある女がその奥の暗い方から出て来た。日本女と話して引込んだ。今度はその女自身が白封筒を手にもって戻って来た。
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