の折りかえしが糸になっていた。
午後のテームズ河を小蒸汽がさかのぼりつつあった。小蒸汽はキュー植物園《ガアデン》で一日暮したが帰るに自動車を持たぬロンドン人を甲板に並べた椅子に満載している。白い手袋をはめさせられた女の子が椅子の上で日曜着の膝に落ちた煤煙をふき払った。河上は風がある。ウェストミンスタア橋に近づくと、河の水からやっと這い上ったばかりの猫が一匹コンクリートの河岸のでっぱりの上で盛に上を見ながら鳴き立てていた。河岸まで遠いが猫がずぶ濡れなことや鳴けるだけの力で鳴き立てている事は進行中の小蒸汽の上から分る。甲板にある多くの顔がそっちを見た。一二間わきへよった河岸の欄干に体をもたせて半ズボンの少年がその溺れそこなった猫を見下している。猫のやっとしがみついて居るところから河岸の土までは高くて垂直だった。
ピカデリー広場でイルミネーションがちらつく時刻である。郊外からロンドン市へ向う街道という街道の上を自動車があらゆる型を並べて疾走した。そして月曜日の夕刊新聞は左の報告と記事とをのせるだろう。週末《ウィークエンド》の自動車事故何件。死傷何人。先週より何%増。
「娯楽《プレジュ
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