シリング六ペンスのダンスとテニスに関する告示が鉄柵の上のビラに出してある。ここはロンドン市が誇りとする、そしてあらゆる案内書に名の出ている「|民衆の宮《ピープルス・パレス》」なのだ。何か民衆のための実際的な設備がなくてはならぬ筈である。
 そばのくぐり門を入ると左側に二つ並んでテニス・コートがあった。硬球だ。黄色い運動服を着た女学生と白ズボン、白シャツの青年が愉快そうにテニスをやっている。門外の告示に書いてあった。テニス・コート使用料一時間二シリング。電話|東《イースト》一七一五番、または事務所に照会せよ。
 その辺には誰もいない。温室のようなガラス張の天井があちらに見えた。喫茶室《ティールーム》とあるので日本女はその中へ入って行った。沢山の空の籐椅子の上に日光がある。高いガラス天井の下やしゅろの鉢植のまわりを雀が二羽飛び廻っていた。茶番の年とった女がいるだけだ。日本女は英領オーストラリア産小鳥の剥製を眺めながら宏大な空気中で三ペンスのパン菓子を食った。そうしたら雀がその粉をついばもうとしてテーブルのまわりをとび始めた。
 携帯品あずけ所と洗面所は清潔だ。民衆《ピープルス》にとって残念
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