かにぼろ外套を引っかけた十四五の少年が角に立っている。並んで山高を頭にのせた中爺がいた。中爺は帽子を脱いでその中を見ながら片手でごしごし頭をかいた。帽子をまた頭へのせた。ペッ! 地面へつばした。そのとき半はだかの少年はのろのろ歩き出して傍の半分壊れた板がこいの横へ入った。崩れた煉瓦がごたごたかためてある。その中へ入って往来からは彼の姿が見えなくなった。

 通行人の六割はそこへ吸い込まれる。ホワイト・チャペル通へ出た角の六片店《シックスペンスストア》だ。二つの角に向って開く四つの扉は頻繁な人の出入につれて、大通りから穿鑿機の音響をピンの山の上、砂糖菓子の丘へあおりつけた。さじ、ナイフ、紅茶こし、化粧品類、手帳鉛筆その他文房具および装身具。その表紙では赤い寝室でピストルをもった男と寝衣姿の女が組打ちしているような小説本に至るまですべて彼らがそこから稼ぎ出した指の先ほどな三ペンス銀貨一枚で或は二枚で買えるのである。
 雑踏にもまれる店内の空気は、ヨーロッパわきがにかかっている。眼鏡部から動かぬヴィクトリア時代の女帽《ボネット》がある。頸飾売場で白ブラウズをつけた若い娘が熱心に買物を掌にかけ
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