だ。あなたの運命を自身で判断しなさい。手相占の本もある。ボール札が紐でつる下っている。
  諸君ノ図書館ヲ利用セヨ。
 古本屋は東端《イーストエンド》でイギリス痛風だ。震えた字だ。
 屋根にトタン板を並べた鋳鉄工作所から黒い汚水と馬糞が一緒くたに流れ出して歩道の凹みにたまっている。
 内部は何があるのか解らぬ古コンクリート塀がある。
 からからした夏の太陽ばかりがこれらゆがんで小さい人間のいろんな試みの上に高くて、路幅は広くて、真直な行手は空っぽだ。人々はここで何を食べ着るのか。そんな種類の店がいたって少ない。
 この裏から東端《イーストエンド》唯一の大公園ヴィクトリア公園がひろがっている。
 公園には樹があった。
 樹は青い。樹の下にベンチがあった。両肱の間へ頭を挾んでベンチへまるまって寝ている男がある。
 パイプのない口をぼんやりつぼめて、爺が地べたを見ている。
 日向では婆さん連が並んで、黙って、ロンドンの紫外線少い夏を吸い込もうとしている。日向だと空気中に何だか匂いがした。
 円い池があった。遠浅で下は砂だ。子供等が膝の上まで水に浸って遊んでいる。
 |山の手《ウエストエンド》の公園ケンシントン・ガーデンにもこういう池があった。午後その池のおもては子供らが浮べる帆走船《ヨット》の玩具で十八世紀のロンドン・ドックのようだった。ヨットの白い帆は母親達の色彩多い装を一層引立てた。
 ヴィクトリア公園の池でほっぺたのこけた顔色わるい子供達は玩具がないから脚で水をバジャバジャ蹴ったり、棒切れで仲間に水をはねかしたりした。笑わず遊んだ。大人みたいな様子の女の児の白い下着の裾が水に濡れた。垢じんでるところを濡れたので尻の上まで鼠色にくまがひろがった。水の中へ立ったまんま、十ばかりの男の子がずっと自分より背の高い子を顎の下から突上げた。突かれた方のは、やっと立ってる位のちびの頭の毛を掴んで水へ突込みそうにしてはギャアギャア云わせていたのだ。池の岸に赤セルロイドのしゃぼん箱のふたがころがっていた。
 池を眺めて並木路が通っている。木の根っこのこぶに腰かけて半ズボンの男の子が靴下を穿きかけている。前に両方の紐でくくりつけた靴がほうり出してある。
 そばでもう一寸年の小さいのがやっぱり同じ作業をやっているのに低いかれたどす声で何か云っている。
 ――何だって? なぐるぞ。
 同じ
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