ラジオ時評
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)掬《すく》われている
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九四〇年十一月〕
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ラジオの生活性
ラジオは誰でも毎日耳で聴いているものだ、ということについて、今日ラジオを送り出す方の側の人々は、どんな感覚をもっているのだろうか。
私たちがラジオを自分たちの耳で聴いている、という事実の裡には、案外なかなか複雑な意味があるのだと思う。ラジオは音だから、耳で聴いているのはあたり前というだけのものではなかろう。毎日の耳で聴いている、ということは、めいめいの生活そのものの感情で、聴いていると同時に、客観的に生活現象としても聴いているということである。
ラジオの放送番組のことについては、これまで多くの人々から様々の希望も述べられつづけて来ているが、昨今のラジオは、ラジオの特徴、即ちマイクの前でものをいっている側としては、聴きての顔の上にあらわれる刻々の表情の動きをじかに見ないでいっておられるという特徴に、安易に身をまかせていすぎるところがあると
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