ト》は長靴のまま長椅子に寝る。代表員《デレガート》の食事はただである。平常はテーブルに白い紙をかけ、色つけ経木造花で飾ってあるホテルの狭い食堂は、代表員《デレガート》がいる時食卓に本ものの布のテーブル掛がかかる。きちんと畳んだ新しいサルフェトカと、いい方の、光って重い揃いのナイフやフォークがいつ行って見てもならんでいる。海坊主の給仕は大盆をかたげ、あるいは空手で絶えず白前掛をひらめかせ代表員《デレガート》の胃袋充填をして廻らなければならない。彼は不機嫌である。
 日本女は、茶が飲みたくなった。日本女は扉をあけ、廊下へ半身だした。隣室の扉も開いている。各々食物を注文する数人のがやがやする声と、海坊主が「|宜しい《ハラショー》、|宜しい《ハラショー》」答えている声がする。ついに給仕が廊下へで、日本女が口を利こうとした時、追っかけてさらに一人の代表員《デレガート》が室内から叫んだ。
 ――|持って来い《ダワイ》、ナルザーン(炭酸水)!
 ――…………|承知しました《ハラショース》…………………
 Yはモスクワ第一大学へ教授ペレウェルゼフの口元を見つめにでかける。ペレウェルゼフの頤はごましお髯
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