諧謔の壁新聞ではりつめられ、今夜、午前五時までダンスという掲示が出されている。電車は満員で、煙草屋さえ店をしまった暗い街頭をはしった。
 基督《キリスト》救世主寺院の大理石のいしだたみの上では群集のうちに小ぜり合いがあった。布《プラトーク》をかぶった若い女が、遠くの祭壇の儀式の様を眺めようとして聖旗につかまり、その台にのっかって伸び上った。てのひらにともした蝋燭の光で下から顔を照らされた老婆が、片手でその女の外套のひじを引っぱった。
 ――何《チトー》。
 ――下りなさいよ、そんなところに乗っかって。
 ――何故《パチェムー》。
 婆さんは自分の連れに横目をつかい、痩せた肩を揺りあげた。
 ――壊れるといけないからさ。――第一足場にする場所じゃないじゃないか。勿体ない。
 ――聖壇へのっているんじゃありませんよ。
 ――同じことだ。
 矢張り蝋燭の灯をかばいつつ立っている男が、聖旗台の女に向い手を振った。
 ――|止めろ《パストーイ》。
 布《プラトーク》をかぶった女は動かず、周囲の人群を見下して恐ろしい顔をした。そして低い早口の悪態を投げつけた。同じ聖旗につかまっていたもう一人の女が
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