ている。
 四階の手摺から下を見下すと、下足場の棕梠の拡った青葉のてっぺんと、その蔭に半分かくされたテーブル、うつむいて上靴《ガローシ》をはいている女の背なかまで一つの平面に遠くみおろせた。棕梠があるから、人はここから身を投げても死ぬことはできない。
 一人の日本女は、一日のうちになんどもそこから下をのぞいた。
 夜になると、小さい花電燈が二つ点いた。廊下は静かだ。よく女中《ゴールニーチナヤ》が手摺のそばに椅子を持ちだし、キャラコのきれに糸抜細工《ドローンワーク》をやった。女中《ゴールニーチナヤ》は痩せている。栗色の毛をかたくくるくる巻きにしている。海老茶色のジャケツをきて小さい耳飾をしている。日本女は、てすりによりかかり、文法没却法で彼女と話した。
 ――今夜寒い。
 ――|寒い《ホーロドノ》! 貴女の部屋は? 温くありませんか?
 ――部屋は温い、もちろん! ここ、廊下にいて寒くない? あなたの家は温い?
 ――温い。西日がさす。温いけれど夏はやりきれない。
 ――西日は体によくない。
 ――よくない。
 ――丈夫? あなた。
 ――肺がわるい。――二期――分ります? 私の云うこと
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