わきへおり、御者台にあおむいて云った。
――私は約束通り二ルーブリ払うよ。――一ルーブルこまかいのを持ってる?
――三ルーブリより少い金は受けとらない!
――このあたいはよくとも悪いあたいじゃない、私は一コペックだって増す気はないんだ。
――三ルーブリ! 三ルーブリ!
御者は、腰をひねって歩道に立っている日本女に向って黒い髯のある顔を下げ、太い声をひっぱって云った。
――三ルーブリ……わかりましたかね? それをあんたは払わなくちゃならないんだ。初めっから寄り道するって云わなかったじゃないか。
日本女は強情そうな目付で御者をじっと見、はっきり一言一言区切って云った。
――お前さん、ロシア人だろう? 馬車にのっかってる人間が寄ると云ったら、寄り道にきまってることが分らないの?
暫く黙って御者は、やや弱く。
――いや何とも云わなかった。
それから急に大仰に体の両側へ絶望的な手をひろげ、通行人に訴えようとするようにあたりを見廻しながら、
――こりゃ何事だ!
と叫んだ。
――あんたは私の馬車にのって来た、それだのにここまで来ると払わないって云い出す! そんな話ってあるも
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