る。その本の名は聖書だ。
 ところで、聖書には、神の行った実に数々の奇蹟が書かれている。神は全智全能だと書かれている。けれども、妙なことが一つある。それは、その厚い聖書を書いたのは神自身ではない。みんな神の弟子たちだということだ。ヨブだのマタイだのと署名して弟子が書いている。全智全能だと云いながら、して見ると神というものは本はおろか、自分の名さえ書けなかった明きめくらだったんだ。云々」
 ――モスクワのどの店頭にだって、Xマス売出しはない。
 厳冬《マローズ》で、真白い雪だ。家々の煙出しは白樺薪の濃い煙を吐き出している。赤と白とに塗った古い大教会のあるアルバート広場へ行ったら、雪を焚火のおき[#「おき」に傍点]でよごして、門松売りのようにクリスマスの樅の木売りが出ている。女連が買物籠を片腕にひっかけ、片っ方の手で頻りに大きい樅の枝をひっぱり出しては、値切っている。
 自分たちは、ホテル暮しだ。
 その上、樅の木にローソクをつけて、三鞭酒をのむというような習慣は子供のときから持ち合わせていない。
 橇にのっかって、別の、そこの廊下には絨毯を敷いてあるホテルへ行った。
 黒田礼二がドイツか
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