モスクワの姿
――あちらのクリスマス――
宮本百合子
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)国立出版所《ゴスイズダート》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)樅の木|伐《き》るの可哀そうだから、
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)焚火のおき[#「おき」に傍点]でよごして、
−−
モスクワに着いてやっと十日めだ。
一九二七年のクリスマスの朝だが、どういうことがあるのか自分たちには見当がつかない。
ソヴェト同盟で、街じゅうが赤旗で飾られるのは春のメー・デー、十一月の革命記念祝祭などだ。
クリスマスそのものが、誰の降誕祭かと云えばイエス・キリストで、眼の丸かった赤坊ウォロージャ(レーニン)の誕生日ではない。ロシア語はろくに読めないが、国立出版所《ゴスイズダート》で插画が面白いから買った本が一冊ある。題は「聖書についての愉快な物語」。第一頁をやっとこさ読んで見たら、こんな風に書いてあった。
「諸君。一冊の本がある。それを教会で坊主が読むときには、みんな跪いて傾聴する。開けたり閉めたりする時には、一々接吻する。その本の名は聖書だ。
ところで、聖書には、神の行った実に数々の奇蹟が書かれている。神は全智全能だと書かれている。けれども、妙なことが一つある。それは、その厚い聖書を書いたのは神自身ではない。みんな神の弟子たちだということだ。ヨブだのマタイだのと署名して弟子が書いている。全智全能だと云いながら、して見ると神というものは本はおろか、自分の名さえ書けなかった明きめくらだったんだ。云々」
――モスクワのどの店頭にだって、Xマス売出しはない。
厳冬《マローズ》で、真白い雪だ。家々の煙出しは白樺薪の濃い煙を吐き出している。赤と白とに塗った古い大教会のあるアルバート広場へ行ったら、雪を焚火のおき[#「おき」に傍点]でよごして、門松売りのようにクリスマスの樅の木売りが出ている。女連が買物籠を片腕にひっかけ、片っ方の手で頻りに大きい樅の枝をひっぱり出しては、値切っている。
自分たちは、ホテル暮しだ。
その上、樅の木にローソクをつけて、三鞭酒をのむというような習慣は子供のときから持ち合わせていない。
橇にのっかって、別の、そこの廊下には絨毯を敷いてあるホテルへ行った。
黒田礼二がドイツか
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