ら来ている。
コスモポリタンになっている黒田礼二はブルジョア・ヨーロッパの感情でクリスマスというものをハッキリ感情するらしい。
今夜ローソクが点《とも》る樅の木を買って君達のホテルへ行くから、お茶でものませて、ということになった。
自分は夕方、紙切れを握って塩漬キャベジの匂いのする食糧販売店の減った石段をトン、トン、トンと下りて行った。
紙切れを見ては、あやしい発音でイクラを買った。漬胡瓜を買った。
ハムを買った。
黒田君の買って来た樅の木は小ぢんまり植木鉢におさまり、しかも二寸ぐらいの五色のローソクを儀式どおり緑の枝々につけている。
灯がついたら銀のピラピラが樅の枝で氷華のように輝いてキレイだ。
夜がふけて見たら、サモワールの湯気で、凍った窓にそれよりもっと綺麗な氷華がついていた。
一九二八年のクリスマスは、クリスマスということを忘れてすごした。
雪をよごして零下十二度の夜焚火をする樅の木売りも、モスクワの目抜きの広場からは姿を消した。
レーニングラードの『労働婦人と農婦』は十五万部売って、レーニングラード『プラウダ』を経済的にもりたてている。
主筆が三十六七のギメレウスカヤだ。彼女には五つばかりの女の児がある。「チャンバレーン」という犬を飼っている。その児が云った。
「母さん! 樅の木|伐《き》るの可哀そうだから、いらないヨ」
モスクワ全市の労働者クラブで、夜あけ頃まで反宗教の茶番や音楽やダンスがあった。
五ヵ年計画がソヴェト同盟に実行されはじめて、教会と坊主は、プロレタリアートと農民の社会主義社会建設の実践からすっかりボイコットされてしまった。
農村で、青年・貧農・中農たちが現実に有利な集団農場を組織しようとする。農村ブルジョアの富農は反対で、窓ガラス越しに鉄砲をブチ込み積極的な青年を殺したりした。坊主をおふせ[#「おふせ」に傍点]で食わせ飲ますのは富農だ。坊主と富農は互に十字架につらまって、農村の集団化の邪魔をする。
坊主を村から追っぱらえ!
レーニンの云った通り、社会主義建設の実際からソヴェト同盟の反宗教運動は完成された。
一九二九年、坊主はXマスであった日[#「Xマスであった日」に傍点]にパン屋の入口に職業服のまんま立って乞食していた。
[#地付き]〔一九三一年十二月〕
底本:「宮本百合子全集 第九巻」新日本
前へ
次へ
全3ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング