っていないという事実を示していることである。最高現金で五〇〇円という指示は、最低を現金で四五〇円厳守と規定した上でのことなのだろうか。その点について、政府は一言の説明をも加えていない。現金八〇〇円といっている人々が五〇〇円になっては困ると思うよりも、三五〇円しか現在貰っていない人が最高五〇〇円をもう既定の標準のようにして式が立てられているのを見たとき、どんな気持がしたでしょう。
払出額、世帯主月三百円、一人ます毎に一〇〇円ずつ増加というのを読んで、ふと、どこからかそれだけの金が支払われでもしそうな錯覚を起したものは唯の一人もなかっただろうか。一人当り一〇〇円ずつ引出せば、家内何人でもやって行けるというのは、多額の預金をもつ人々だけの安心である。今日の社会は、もう去年の秋と異って来ている。モラトリアムをしかなければならないということは、とりも直さず、日本全国の正直な人民生計は赤字の破局で、貯金も使い果した危機を語っている。だからこそ、モラトリアムではなかろうか。そうだとすれば、どこの家の家計簿も、やすやすと世帯主三〇〇円、一人ます毎の一〇〇円也の預金引出しを算出しかねるわけである。この
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