。我を忘れて声をあげ、それに答えて手をふっているうちに、列はすぎて、食糧輸送組合の血気な人々が、自分から脚の生えた米俵になってやってくる。「石川島」と大旗を立て整然とした男女の大部隊がつづいてくる。とりわけ元気に、赤旗を先頭に立ててきた一団の中にあの顔、見なれた若い女の人たちがいて、互に行列の中と歩道から思わず声をかけて手をとり合い、わたしは、もうほんの少しで行進の中にさらいこまれそうになった。
 気がついてみると、きょうのメーデーに、往来で見物している人の数はいたって少ない。東京の人口が、もとからみると減っている。それもあるが、しっかりと職場についている勤労者は、みんな組合の行進に加わってしまっているからなのでもある。

 メーデーの日、モスクワの街々は、かえって深閑としている。あらゆる人群は、モスクワの中央部へ、赤い広場へと注ぎこまれて、すこし離れた街筋は、人気ない五月の空に、街頭ラジオが溢れだす音楽と大群集の歓呼の声をまいている。夕方、行進が解散になり、赤いプラカードの林が陽気な歌にゆれながらこの地区に戻って来る迄、モスクワ中の感動は、赤い広場という一つの心臓のぐるりに熱く燃えて
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