メーデーと婦人の生活
宮本百合子
こんにちは、五月一日、メーデーです。世界のあらゆる国々の働く男女が、現在の要求と未来の希望とをかかげて、堂々と行進する日です。国によっていくらか時間のちがいはありますけれども、アメリカでもイギリスでもフランスでも、ソヴェト・ロシアでも、そして中国・朝鮮でも、五月一日というこの日には、工場から、経営から、農村から、すべての勤労者が溢れ出て、働くものの日として、行進いたします。もしテレビジョンが発達して、きょう、私たちの住んでいるところからも、労働者に溢れている世界の町々の光景をそっくりそのまま観ることが出来たら、それはどんなに壮観でしょう。旗はひるがえり、歌声は湧き、まるい地球は本当にきょうのメーデーにこそ、世界は働く人の花の輪でつながれるのです。
皆さんのお宅には、必ず幾人か、つとめに出ている方があるでしょう。その方々は、けさふだんといくらかちがった仕度で家を出かけていらしただろうと思います。わたし水筒もって行くわ、と云って出かけた若い婦人の方もあったでしょうし、あああなた、こっちの靴下の方がうまくついであるわ、足にまめが出来ないように、ね、と、さっぱり洗いたての靴下をはかせてあげた奥さんもありましたろう。
つとめのある方は、そうして行進に出かけ、さて、うちにのこった婦人たちは、この一年に一度のメーデーを、どうおすごしになるでしょうか。メーデーだと云っても、決して遅配のお米が配られては来ません。この二三ヵ月、また一段と高くなった物価も、せめてメーデーだけは、と割びきもありません。メーデーであるきょうも、行進とともにすすむ歌声をよそに家庭の婦人は、小さい子供たちの手をひき背中に赤ちゃんをおんぶして、汗ばむようになったのにさっぱりした袷もないと思いながら、闇市で晩のお惣菜をあさらなければなりません。メーデーは、外で働いている人たちだけのもの、家庭の心配から解放されることのない日本の家庭婦人にとって、メーデーは、ひとのことのように見えるかもしれません。
でも、みなさま。ほんとに家庭の婦人にとって年毎のメーデーというものは、ひとのことなのでしょうか。ただ、よけい、靴下のつぎの仕事がふえるというだけのことなのでしょうか。
世界で、はじめてメーデーを働くものの行進の日ときめて、それを実行しはじめたのはアメリカの労働者でした。一八八六年、日本でいえば明治十九年の五月一日に、アメリカ全国の労働組合員数百万人が、八時間の労働、八時間の休息、八時間の教育を! というスローガンをかかげて行進しました。そして、八時間労働の要求が通ったことに、世界の労働者が感奮しました。それ以来、一八九〇年、明治二十三年から、五月一日のメーデーは国際的な催しとなったのでした。
明治二十三年と云えば、日本では、ついこの間まであった旧い憲法の発布された翌年です。みなさま御存じのとおり、日本の旧い憲法は、支配する者の絶対な権力を示すことを主眼にしてつくられたものでした。働く男女、人民の服従の義務は語られていても、その権利は示されていませんでした。その頃の日本の産業は幼稚であったばかりか、一番数の多かった紡績工場で、女工さんがどんなにひどい条件で働かされていたかということは、桑田熊蔵博士が、議会で訴えたとおりでした。女工たちは三十六時間も働かせられ、云いつけにそむけば天井から吊されるというような状況でした。日本のメーデーは、やっと一九二〇年即ち大正九年になってはじめて行われました。世界の国々から三十四年もおくれて、やっとはじめられました。
ところが、そのメーデーさえも、日本では僅か十数回行われたばかりでした。一九三一年、昭和六年に、日本の政府が満州へ侵略戦争をはじめると同時に段々メーデーが出来にくくなって、戦争が進行拡大するにつれて、到頭メーデーという行事は昭和十一年に禁止されました。
日本の政府が、戦争を行って、大衆の生活をやぶり家庭の平和を破壊する程度がひどくなればなるほど、メーデーを禁止したという事実を、みなさま、御婦人がたは、こんにちどうお考えになるでしょう。
もしメーデーというものが、ただ歌をうたって、旗をたてて町をねり歩くだけのものでしたら、戦争の間、政府がそれを禁止する必要はありませんでした。メーデーに行進する正直な数十万の働く男女は、侵略戦争が日本の人民の幸福を根こそぎうちこわすものであるということを知っていて戦争に反対していました。自分たちばかりでなく、中国や満州の働く人民も、生産を破壊し、殺し殺される無惨な戦争をちっともしたがっていないのだということを知っていて、反対したから、メーデーの行進は禁じられて来たのです。
いま、こうしてラジオをきいていらっしゃる日本じゅうの家庭婦人のうちに、何十万
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