人の未亡人、働きてを失った老いた夫婦がおられるでしょう。父を失った子供たちの数はいかばかりでしょう。七千万という日本の人口を、男女別にわけると、婦人の人々が三百万人多くなりました。この事実は、どんなに多くの男が戦争で死に、こんにち婦人の涙と汗とがしぼられているかということの証明です。
 世界の男女が心から働くものの手をつなぎ平和と生活の安定を求めて、メーデーに行進するのだとすれば、それこそ私たち日本の婦人の最も深刻な希望を表わしたものではないでしょうか。ナチスにあらゆる幸福をうちくだかれたドイツ婦人、ファシズムにしいたげられつくしたイタリーのあらゆる婦人。そして、ナチスとファシストをうちやぶるために、愛する良人や兄弟をぎせいとしたすべての民主国の女性たちは、世界に平和のとりもどされた第二回のメーデーを、新しい平和への決意によって迎えております。

 メーデーのスローガンのなかに、生活費を土台とする最低賃金制度を確立してほしい、ということがあります。一軒一軒の家庭の主婦として、これをきき流すことが出来ましょうか。去年から度々危機突破資金をとっても、決してそれは、気ちがいじみた物価に追いつかない苦しさで、骨身にしみてわかっています。
 また、女子と男子と同一の労働にたいしては同一の賃金を! と云っています。これも、一家の柱となって働いている婦人の多い今の日本では、誰にでも、もっともとわかることです。もし、すべての男女が生きてゆくために働いている毎日の勤労で、男女平等でないなら、五月三日から実際の効力をもちはじめる新憲法で、国民たる男女は、性別にかかわらず平等であると認められた基本的人権は、字の上だけのそらごとになってしまいます。
 メーデーに要求しているように、婦人のために給料つきの生理休暇と産前産後八十日の給料つきの休暇があらゆる職場で実現したら、今日結婚したために働けなくなった婦人たちの、どんな大きい救いでしょう。子もちの寡婦の苦しい生活と、労働条件のわるさ、停年制などは、組合が、互に扶け合う力で改善してゆかなければ、個人で変えようありません。

 きょうのメーデーに、地球をまるい輪にかこんで行進している世界数億の働く男女がスローガンとしてかかげている要求は、実にとりも直さず、私たちすべての家庭婦人の要求です。働くものがただ一人も家にいない家庭婦人というものは、この社会にありません。

 とくに、今日の行進は、日本の私たちにとって感銘ふかいものがあります。ついきのう、私たちは、自分たちの代表者である六種類の議員の選挙を終ったばかりです。私たちが、生活の建設と幸福を希って投じた一票は、ただの紙きれではありません。選ばれた議員たちは、それに、実行をもって答える義務があります。きょうのメーデーは、議員たちに、彼等を選んだ大衆への責任を一層明瞭に自覚させる日です。
 また、明後日、五月三日から、新しい憲法がその力を発動します。この憲法にしめされているあらゆる国民の基本的な人間としての権利を、働く幾百万の人民は、どのように実現させ充実させ、空手形でなくしてゆく意志をもっているか、そのことをも互にたのもしく理解し合う日なのです。世界をつなぐ花の輪に、私たち婦人のあつい思いと実行とを織りこめてこそ、それは真実に命ある花の輪となるのだと信じます。



底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年5月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」の補遺、河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「メーデーについて」NHKラジオ
   1947(昭和22)年5月1日放送
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング