に蔵されている健康な人間性、大きい才能の強力な発芽として歴史の上に登場した若いゴーリキイが、計らずも当時の情勢に制約され、苦しんだ内的過程の有様は、今日の私達をもさまざまの示唆によってうつものがある。もし、無智と屈従とを意味する名称として解釈するその時代の習俗に従えば、ゴーリキイは既に盲目な民衆《ナロード》の一員ではなくなっている。さりとて、当時の急進的インテリゲンツィアたちが自身を指導者として外部から民衆に接触して行った考え方に従えば、ゴーリキイはそういう内容でのインテリゲンツィアとしてうけ入れることも出来ない。そんなに近いところで、デレンコフのパン焼工場の窖で日頃彼等の夢想している民衆の本質的な一典型が発育しつつあるという驚くべき現実の豊富さを、その時は学生達も知ることが出来なかった。もとよりゴーリキイ自身は知りようがない。ゴーリキイにとって切ない精神上の板ばさみが続いた。
 ゴーリキイの地下室仲間は、一般に、当時のインテリゲンツィアのもっている進歩性の値うちを、素直にうけ入れられない程生活に圧しひしがれていた。例えば、パン職人たちの唯一の歓びは、給金日に淫売窟へ出かけることであっ
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