読んだものについてのゴーリキイらしい批評を評価しなかった。彼らは云うのであった。
「君はこっちからやる本を読めばいいんだ。君に適しない領域には――首を突込むなよ」
 こういう粗暴さはゴーリキイを焦立てた。
 ゴーリキイが波止場稼ぎをやめ、パン焼工場で働かねばならなくなると、状態は一層彼にとって複雑なものとなった。パン焼工場の地下室は、一日、十四時間の労働を強いた。とても学生達と会うことが出来なくなった。彼等は、既にゴーリキイの旺盛な青年の生活にとって必要なもの、会ったり、聴いたりせずにはいられないものとなっているのに、パン焼工場の地下室へ下りて行かなければならなくなった時、その人々と彼との間には「忘却の壁が生い立った。」学生等は、生活のためにパン焼工場へ入った二十歳のゴーリキイが、彼等に会わなかった前のゴーリキイではなくなっているという重大な事実及び暗愚と無恥との中に入って精神的に孤独な境遇に暮すことがゴーリキイにとって、従前とは異った苦痛となっていることなどを、不幸にしてちっとも洞察し得なかったように見えるのである。
 彼の生涯の中でも意味深い苦悩の時代がはじまった。ロシアの民衆の中
前へ 次へ
全35ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング