て経験したことのない妙なばつわるさ、居心地わるい瞬間が、ゴーリキイの生活に混りこんで来た。これらの学生達は目の前へ彼を置いて、「まるで指物師が並々ならぬものを作ることの出来る木の一片でも見るよう」な眼付でゴーリキイを眺めた。「子供が道傍でひろった大きい銅貨でも見せ合うように、誇りをもって」彼を皆に紹介し合った。これは、ゴーリキイの気質にとって工合わるかった。更に彼等は、ゴーリキイを「生えぬきだ!」「まったくの民衆の子だ!」と褒める。これもゴーリキイの気を重く考えぶかくさせた。学生達は民衆を叡知と、精神美と善良との化身のように話すのであったが、ゴーリキイが物心つくとからその日までその中に揉まれ、それと闘って来た現実生活の下で、彼は「このような民衆を知らなかった」のである。
一八八〇年代のロシアにおける急進的な学生達の姿は、ゴーリキイの思い出をとおして、髣髴と我らの前に立つ思いに打たれるのであるが、彼等はゴーリキイを生えぬきの民衆の子として珍重しつつ、ゴーリキイを、彼等流の教育[#「教育」に傍点]で鍛えようとした。教師[#「教師」に傍点]たちは、ゴーリキイに自由な本の選択を許さなかった。
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