い領域には――首を突込むなよ」
例えば、ゴーリキイはその頃『社会科学のABC』という本を読んだのであったが、そこでは文化的生活の組織の中でインテリゲンツィアの役割が著者によって誇張されて書かれており、進歩的な浮浪人や猟人などの存在が著者によって恥かしめられているように感じられた。ゴーリキイはその疑問を率直にある言語学の学生に伝えた。すると、その学生は「女のような仰山な表情」で「批評の権利」について説明した。
「批評する権利を持つためには――どれかの真理を信じる必要がある。君はどの真理を信じるかね?」
後年ゴーリキイはつつみかくすところなく回想の中に洩している。「こういう粗暴さは、私を焦立てた」と。
この時代からゴーリキイの心は溢れて詩になりはじめた。それが重苦しくて、荒削りなのはゴーリキイ自身にも感じられた。けれども、ゴーリキイにとって「自分の思想の最も深い渾沌を表現するのには」ほかならぬ自分の言葉で語るしかなく思われ、しかも、ゴーリキイは自分の詩を書く場合、彼を「いら立たせている何ものかに対する抗議の意味で殊更粗暴なものに」するのであった。この生々しく切迫し、本源的に八〇年代の
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