なく、本が少数の例外を除いて「皆、主人の家の者共と同じように人々を厳しく叱ったり、したり顔で批判したりしている」ことに歴然とした反撥を示していることも亦将来において展開された芸術家としての特質の萌芽として見落されてはならない一点である。ここには、本を読んだからと云って殴られる台処働きの小僧の中に燃えている人間的尊厳の抗議、給料を祖父にとられる貧しい小僧だから、淫売をする洗濯女といちゃついて、酔倒れた兵卒のポケットから財布を掠めもするだろうと思われ、全然事実とは違うその卑俗な偏見によって昏倒する迄彼を殴りつけた周囲の人々の独善的な小市民気質に対する歯に衣《きぬ》きせぬ反撥が語られているのである。
 農奴解放、それに引続く資本主義の発達に伴い、この時代(一八七〇年代末――八〇年代)ロシアには偽瞞的な自由を獲得した稍々《やや》富める農奴から転じた無学な小市民層と、主人と住家耕地を失って都会、工業地帯に移行する農奴出身の労働者層とが急速に増大した。当時からロシアの主要工業地帯であったモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]県、イワノヴォ・ヴォズネシェンスク市、ハリコフ、オデッサ、ペテルブル
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