の時間、ゴーリキイは口論しないときには「退屈し切っている人々の胃の働きをよくするために」『モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]新聞』の隅から隅まで音読して聞かせた。皆は熱心にそれを聞いた。その癖片はじから忘れたり、事件を混同したりして呻くのであった。
 やがて、ゴーリキイは主人達の寝台の下へ突込まれたままになっている『絵画評論』『火』などという雑誌を、台処へ持ちこむ権利を獲得した。しかし、台処の蝋燭は毎晩居間へ持って行かれてしまった。ゴーリキイは、さりとて蝋燭を買う金がない。ゴーリキイは一工夫をこらした。燭台の蝋をそっとかき集め、それを鰯の空罐に溜め、少し燈明油を加えて、糸の縛ったのを燈心にした。それは毎夜煖炉の上で燻った燈火となってゴーリキイと本とを照した。本の頁を繰るたびに、弱い赤っぽい焔は揺れ、顫える。ひどく臭く、煙は目にしみた。けれどもこういう不便は彼の前に次第に拡がりゆく世界の知識に対する歓喜の前には、決して堪えられぬものではなかった。本と一緒にいる時だけゴーリキイがそこから逃げ出したいと思いつづけている製図師一家のだらけて、悪意がぶつかり合っている環境が遠のいた。塵
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