伝説、聖者の物語である。ゴーリキイは薪割りに行った物置で読み、屋根裏で読み、蝋燭をつけて夜中に読むのであったが、婆さんは木片で燃えのこりの寸法を計った。ゴーリキイがうまく木片を見つけてそれを燃やした蝋燭の長さに合わせて切りちぢめて置かないと、翌朝、台処、家じゅうに罵声の龍巻が流れた。婆さんは、屋根裏へかけ上りゴーリキイの持ち物をほじくり返し、借本を見つけ出し、引裂いて腹いせにするのであった。
 主人一族とのこういう戦いをつづけながら、「あらゆる智慧を搾って」ゴーリキイは読書をつづけた。が、本を裂かれるので、貸本屋に四十七|哥《カペイキ》という「巨額の借金」が出来てしまった。ゴーリキイの一年六|留《ルーブリ》の給金は祖父がとっていた。ゴーリキイには金の出どころがない。貸本屋の汗かきで唇の厚い、白っぽい主人は、ゴーリキイの困りはてた云いわけを聞き終ると、脂ぎって腫んだ手をゴーリキイの前に突出して云った。
「この手に接吻しな。そうしたら待ってやろう!」
 物も云わず、ゴーリキイは机にのっていた分銅をとって、主人目がけて振り上げた。主人は平ったくなって叫んだ。
「な、なにを[#「なにを」に傍点
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