った。
「眠れないや」
「俺も、眠れない」
 二人はいろいろ死人について云われている話をした。あたりは次第に寂しく、暗くなって来た。するとサーシャがいきなり、
「おい、僕の鞄を見せてやろうか」
と云い出した。小僧ゴーリキイは、疾《と》うからサーシャの鞄には好奇心を動かされていた。番頭とサーシャとが時々しめし合わせて、店のものをちょろまかした。そのことをゴーリキイは見ているのであった。
 サーシャは勿体ぶって寝台の上に坐ったまま、ゴーリキイにその鞄をもって来させ、十字架と一緒に胸に下げている鍵で鞄をあけた。錠をあけ「熱いものか何かみたいに鞄の蓋を吹いて」中から下着をとり出した。鞄の中ほどまで色様々な茶の錫紙のレッテル、靴墨、鰯の空罐などがぎっしり詰っていた。
「何があるの?」
「今わかるよ……」
 サーシャは鞄を両足で抱え、その上へかがみかかって祈祷をとなえた。「天の王様……」
 今に玩具が現れるだろうと、ゴーリキイは思った。ゴーリキイは写真をとられたことがないと同時に、玩具というものは持ったことがなかった。玩具なんか軽蔑していたが、それは表向きで、玩具をもっているものを見ればやっぱり羨
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