ッ! 畜生!……」
と掠れ声を出す。
「マア、女優ってところですな」
 蔑んだ調子で番頭が合槌を打つ。そして、散々いかがわしい話をする。
 小僧ゴーリキイは「そんな時には、店から駈け出して行って、婦人客に追い縋り、彼等についての陰口をぶちまけてやりたい心持に駆り立てられる」のであった。
 三人の者が、心に激しい猜みを抱いて暮していて誰のことでも、何か悪いところしか拾い出さないのが、彼に嫌悪を催させた。一日中暇のない程忙しいのだが、ゴーリキイの心は重く、馴染深いオカ川の河岸や、お祖母さんが懐しく、一緒に屑を拾った仲間のチュールカそのほかの徒党に会いたい。
 ゴーリキイはお払箱になるために、何か計画を立てたいと思うようになった。主人の時計の機械に酢をさした。これは、主人を狼狽させたが追い出される役には立たず、全く予想外のことからゴーリキイの若い希望は達せられる羽目になった。或る午飯の時、石油コンロの上でスープを煮ていた鍋をひっくり返して両手に大火傷をした。これで病院に入れられ、家へかえされたが、火傷の原因は、小僧ゴーリキイが、どうしてもその晩、靴屋を逃げ出そうと考え耽っていて、ついぼんやり
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