ことを思い起させるのである。
七歳になってゴーリキイは祖父から教会用の古代スラヴ語で読み書きの手ほどきをされた。八つで小学校に入れられたが、この時代、既に祖父は破産し、染物工場は閉鎖され、祖父、祖母、ゴーリキイの三人は、地下室住いにうつった。
吝《しわ》くて狂人のようになった祖父と五十年連添った祖母との間に不思議な生活ぶりが始った。
祖父は倒産した家を始末する時、祖母の分としては、家じゅうの小鉢と壺と食器とをやっただけであった。年より夫婦は茶から、砂糖から、聖像の前につける燈明油まで、胸がわるくなるほどきっちり半分ずつ出しあって暮しはじめた。その出し前について、いつも狡い計略をするのは祖父である。アクリーナ祖母さんは、再びレース編をやり出した。そして、ゴーリキイも「銭を稼ぎはじめた。」
休日毎に朝早くゴーリキイは袋をもって家々の中庭や通りを歩き、牛骨、襤褸《ぼろ》、古釘などを拾いあつめた。襤褸と紙屑とは一プード二十|哥《カペーキ》。骨は一プード十|哥《カペーキ》か八|哥《カペーキ》で屑屋が買った。彼はふだんの日はこの仕事を学校がひけてからやった。
屑拾いよりもっと有利な仕事は
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