結構さん」が祖母の傍へぴったりよって、驚くほどの単純さで「僕は恐ろしいほど一人ぼっちです。」と云っているのをゴーリキイは聞いた。その言葉がゴーリキイの心につきささった。家中で、幼いゴーリキイのいうことに耳を傾けてくれるのは祖母をのぞいてはこの「結構さん」ばかりであった。祖父はゴーリキイを怒鳴りつけた。
「無駄口しゃべるな。悪魔の水車め!」
だが「結構さん」は、ゴーリキイの話を注意深く聞くばかりでなく、微笑しながら、しばしば彼に云った。「ふむ、そりゃ兄弟、そうじゃないよ、そりゃお前が自分で思いついたのさ。」或は、二つの優しい打撃で「嘘つけ兄弟!」そしてゴーリキイの話の中に織り交るすべての余計な不信実なものを切り去るのであった。又この「結構さん」は、極くありふれた云い方で、しかも野蛮な環境の中で暮している幼いゴーリキイの智慧の芽生えを刺戟するようなことを云った。例えば、彼は云う。
「あらゆるものを取ることが出来なくちゃならない――分るかい? それは非常にむずかしいことだ、取ることが出来るということは……」
まだ字も書くことを知らない小僧であるゴーリキイには「結構さん」のその言葉はすぐ分
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