した祖母さんは又、悪魔を見ることも稀でなかった。悪魔が屋根からもんどりうって飛ぶ様子を想像して、ゴーリキイが笑うと、祖母も笑い出し、
「悪魔はふざけるのが好きだからなあ。全く小ちゃな子供のようさ」
 家から火事が出かかった時、火の子のように活動してそれを消しとめたのはこの祖母さんであった。胡瓜の漬けかた、クワスの作りかた、赤坊のとりあげかたを誰にでも親切に教えてやるのも、この祖母さんなのであった。
 祖父の家には、荷馬車屋、韃靼人の従卒、軍人と、お喋りで陽気なその細君などが間借りしていて、中庭では年じゅう叫ぶ声、笑う声、駈ける足音が絶えないのであったが、台所の隣りに、窓の二つついた細長い部屋があった。その部屋を借りているのは、痩せた猫背の男で、善良そうな眼をもち、眼鏡をかけた一人の男であった。
 何か祖母から云われる度にその下宿人は「結構です」と挨拶するので「結構さん」というあだ名がついている。小さいゴーリキイは、この下宿人の暮しぶりに非常な好奇心を動かされた。彼はよく物置きの屋根の上に這い上っては、中庭ごしにその下宿人の窓の中の生活を観察した。
 その部屋にはアルコール・ランプがあっ
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