込んだ屋根裏の祖母さんの小部屋の箱の上で、ゴーリキイが話して貰ったロシアの沢山の伝説、聖者物語、又祖母さんの見て来た様々な生活の物語は、窒息するような生活にはさまれているゴーリキイの心に、広い世の中への漠然とした憧れ、生活の歓び、期待を養ったのであった。
 祖母さんは朝、目をさますと、先ず荒い鼻息を立てて顔を洗い、さて聖像の前に立った。猫背の背中を真直にし、頭をふりあげ、愛想よくカザンの聖母の丸い顔を眺めながら、彼女は大きく念を入れて十字を切り、熱心に囁くのであった。
「いと栄えある聖母さま、今日もあなたの恵みを与え給え。おん母さま」
 地べたにつく程低くお辞儀をすると、のろくだんだんに背中をのばして、再び次第に熱心に感動的にささやいた。
「喜びの泉よ、いと浄き美女よ、花咲く林檎の樹よ……」
 祖母は殆ど毎朝、新しい賞讚の言葉を発見した。そしてそれが小さいゴーリキイの心に快い緊張をよび醒した。言葉の流れる温い美しさ、真実のこもった単純な心から賞讚にじっと聴きいるのは心持よかった。
 ゴーリキイは「非常に早くから祖父はある神をもっており、祖母は又別の神をもっていることを理解した。」緑色の
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