だ……」「俺達んところで、モローゾフの工場でよ――こんなことがあった。前の方へ行く奴は額を殴られる、ところが額は尻じゃあねえ、傷は永えこと残らあな。唯――主人に対する俺の権利をよこせ」
 シャポーシニコフは、腐った肺の血を四方に吐き散らしながら、目の眩むような神の否定を叫んだ。
「ええ、俺は殆ど二十年も信心して来た。耐《こら》えて来たんだ。縛られて生きて来た。バイブルに噛りついて来た。そして、気がついて見ると――拵《こさ》え事だ! 拵えごとだよ」
 そして、手を振廻し泣かんばかりに叫んだ。
「見ろ――そのために俺は実際より早く死ぬんだ!」
 おお、何んと汚い、悲しい、そして不思議に斑《まだら》な人々を見せられているのだろう。ゴーリキイはそれに疲れた自分を感じた。「すべての人間の中に、言葉や行為のみならず感情の矛盾が、角ばって具合わるく同棲している。」その気まぐれな跳梁が自分自身の裡にも感じられる。これがゴーリキイを苦しめ、圧した。「初めて魂の疲労と、心臓の中の毒々しい黴を感じた。」ロシアの民衆にとって、行くべき道がまだはっきりと示されなかった時代の悲傷が遂に強健なゴーリキイをも害した。
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