い家の中には二六時中怒りっぽい人達が気忙しく動き廻り、雀の群のように子供達が駈けずり廻った。ワルワーラが不意に戻って来たので、伯父たちの財産争いは一層激しくなった。食事の間に祖父さんを中心に掴み合いが始ることさえ珍しくなかった。
 たまにおとなしく台所にかたまっていると思うと、この大人達は自分が先棒になって、半分盲目になっている染物職人のグレゴリーの指貫をやいて置いて哀れな職人が火傷するのを見て悦ぶ有様である。子供らは、家にいれば大人の喧嘩にまきこまれ、往来での遊戯といえば乱暴を働くことと殴り合いとであった。小さいゴーリキイは、心の疼くような嫌悪、恐怖、好奇心を湧き立たせながら「濃いまだら」のある妙な生活を観察し、次第に自分や他人の受ける侮蔑や苦痛に対し、心臓をひんむかれるような思いを抱いた。
 悪態、罵声、悪意が渦巻き、子供までその憎悪の中に生きた分け前を受ける苦しい毎日なのであるが、その裡で更にゴーリキイを立腹させたのは、土曜日毎に行われる祖父の子供等に対する仕置であった。鋭い緑色の目をした祖父は一つの行事として男の子達を裸にし、台所のベンチの上へうつ伏せに臥かせ、樺の鞭でその背中
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