説として観察すると「マカールの生涯の一事件」は、主人公の内面的推移、心持の多岐な複雑さを分析し、描写する上に、作者がまだ或る程度混乱していることが直感される。抽象的に書かれているというばかりでなく、主人公の心持に対する作者の角度がきまっていないことが感じられるのである。「私の大学」はこの小説が書かれてから更に十一年を経て執筆されたのであるが、この中でも、ゴーリキイはこの経験について触れている。小説について、自身の不満足を示している。しかし、不撓な生きてであったゴーリキイの面目を躍如と語る評価を「マカールの生涯の一事件」に対して自ら下している「もしもこの小説の文学的価値について云わないならば――その中には私にとって、ある快よい何物かがある。あたかも私が自分自身を乗越えたかのように」と。ゴーリキイの短いこの言葉は十分に真実である。
この出来事の後に、ゴーリキイは、却って生活に対する溌溂さを取戻したように見える。非常に気まずく、自分を愚かしいものに感じながらデレンコフのパン店で働いていると、三月の或る日、集会で知り合い、その沈着な様子でゴーリキイの心にひそかな信頼を抱かせていたロマーシが訪ねて来た。彼は静かに話しだした。
「ところで俺のところへやって来る気はないかね? 俺はヴォルガを四十露里ばかり下ったクラスノヴィードヴォの村に住んでいるんだが、そこに俺の小店があるんだ。君は俺の商売の手伝いをする。これには大した時間をとりゃしない。俺はいい本を持っているし、君の勉強を助けてあげる――いいかね?」
「ええ」
「金曜日の朝六時にクルバートフの波止場へ来てクラスノヴィードヴォからの渡船を訊きたまえ。主人は、ワシリー・パンコフだ」
立ち上り、ゴーリキイに幅の広い掌をさし出し片手で重そうな銀の※[#「食へん+(韜−韋)」、第4水準2−92−68]パン時計を取出して云った。
「六分で済んじまった! そうだ、俺の名は――ミハイロ・アントーノフ、苗字はロマーシ。そうだ」
こうして二日後には、クラスノヴィードヴォに向ってやっと解氷したばかりのヴォルガを下った。桶や袋や箱を重く積込んだ渡船は帆をかけ、舵手席に、平静で、冷やかな眼をしたパンコフが坐り、舷には灰色の脆い早春の氷塊が濁った水に漂いながらぶつかる。北風が岸に波によせて戯れ、太陽が氷塊の青く硝子のような脇腹に当って明るく白い束の
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